高校の時は、海外(主にアメリカ)の小説ばかり読んでました。 とくに好きだったのが、トム・クランシー、ラリー・ボンド、リチャード・ヘンリックといったハイテク・軍事スリラーもの。シドニー・シェルダン、ジョン・グリシャム、トマス・ハリス、ジェフリー・アーチャーなどのエンターティメント性の高いサスペンスもの。そして、フレデリック・フォーサイス、ジョン・ル・カレ、ロバート・ラドラムなどの、お懐かしいスパイ・暗黒小説もの…  高校ン時は、正直、マニアかつマセガキだったんでしょうね。 周りの10代は、「スニーカー文庫」的なものや赤川次郎さんの推理物を読んでいる人はけっこういましたが、あっしの世界に踏み込んでくる人はそうはいなかったもんです。 でも、あっしが読んでた物が、例えば、「トータル・フィアー」「クリムゾン・タイド」「ボーン・アイデンティティ」とかが映画化されると、「見てみぃ!おれなんか、10年ぐらい前から小説で読んでたで!」と、ちょっと自慢げになりやすぅ。

今、行政書士としての国際法務を手がけるようになるにつれて、そういった類を活字化した日本の作家群に注目しています。 夥しい情報と高速化する流通が瞬時にして地球の裏側にまで到達する現代社会。 と、同時にそういった緊密さがより政治・ビジネスでの逼迫した緊張感を生み出し、各国・各民族・各人種間の「文明・文化の衝突」を招く素地になっていると言っても過言ではないように思われます。 その代表例が「西欧型文明社会」と「イスラム社会」です。日本・韓国・中国などの東洋的儒教社会も一つのテリトリーを築いてはいますが、そのビジネススタイルから生活様式の細部に「宗教的原則」をイスラムほど取り込んではいず、西欧的合理主義が優先される場面が多いため、「衝突」という語気の荒い表現を使わずにおける範囲だと思われます。

 さーて、最近よく読む日本の作家さんたちは、「インターナショナル」「スピード感がある」「情報のトレンドを盛り込んでいる」という点で、ほんとーに、ある種、預言者的な存在かもしれません。 その着眼点の鋭さと取材の細かさには脱帽されます。そして、今の法律実務とオーヴァーラップして見てしまう部分のなんと多いことか、、これから行政書士などの実務家を目指される方は受験勉強の一休みに、一読されてはいかがでしょう?





《楡 周平》 ◇「Cの福音」シリーズ  全6作◇

この作者は、米国企業に勤務経験があり、その貿易・流通の専門知識のみならず、日本人があまり知らないアメリカの日常生活と、その思考パターンをさりげなく描写しているのは、さすがだと頷かされます。 1995年から2000年が本小説世界の舞台で、インターネットを駆使した麻薬ディーリングという暗黒ビジネスを日米両国の盲点を突く形でのノーリスク・クライムが天才犯罪者の視点で淡々と遂行されていきます。そして、その過程で主人公が遭遇する危難・試練の数々。 新宿の台湾マフィア、N.Y.マフィアの新興勢力(チャイニーズ、ラテン系)、日本のカルト教団、インターネットの犯罪的ユーザー、バイオテロを画策する「北」の工作員、エシュロンを駆使するCIA。
航空機事故で両親を失い、アメリカで天涯孤独となった主人公の全知全能を賭けた闘いの日々。それは、ただ無心に貧乏から這い上がろうとする立身的なものではなく、まるでプロスポーツのプレイヤーが高いスコアを上げたことの証明としての高い契約金を欲する事と同様のように思えました。

国際社会の表裏を互いに眺め透かし、最終的には陽が陰に吸い込まれて行く、、理詰めで構築された合理的システムも所詮は暴力的解決によって毎回処理される、それがバランス・オブ・パワーの現実である。そんな印象を受ける小説シリーズです。 日本人とアメリカ人の思考の差異を理解し尽くしている作者だからこそ、技術的な面以上に心理的な部分で主人公の巧みな犯罪計画が誕生できたのではないかと思いまっす。



《馳 星周》 ◇「不夜城」「鎮魂歌」「漂流街」◇

「インターナショナル」という事を考える時に、直接日本と外国を考える以上に、今は日本の中にある外国、すなわち「在日外国人」というものを意識せずにいられなくなりました。楡作品とほぼ同時期に書かれた馳氏の作品ですが、出てくる「在日」はみな飢えています。そのハングリー精神が主人公の心の中に「犯罪的心理」を培養させているのだと思います。「不夜城」「鎮魂歌」の主人公は日台混血で、「漂流街」の主人公は日系3世のブラジル人。 金満日本の現状と家父長的な自分の出身した世界を毛嫌いしながらも、それを意識せずには暮らしていけない環境に彼らはいます。 馳作品の主人公は、まず不安定なアイデンティティ「在日」「混血」がおぼろげに語られ、かといって「自分探し」という積極的な解決をあえて自分からすることなく、「金」「女」の奪取という欲望の直接対象に突進し、その過程で自分の「真の姿」を見極めていきます。それでも原動力は欲望そのもの(笑)で、楡作品の主人公のような「人生への挑戦」という大それた発想はなく、ただ動物の勘(?)で、刹那的に生きていきます。主人公の周りを取り巻く、リュウマン(中国人黒社会)、ヤクザ、不良外人たちも、その場その場での流動的な「本能」で動くように見えますが、その中に機略、計略を盛り込む者が最後に笑うというピカレスクロマンの王道も充分味わえます。同じ「殺人」の描写にしても楡作品の方が、その技術・技巧を詳細かつ機能的に述べるあまり冷酷で非人間的な印象を受け、馳作品はコンクリート・ジャングルでの食物連鎖、弱肉強食を意識させるあまり何か哀切な印象がひどく心に残ります。それは日本が歩んだ「近代」の棄児を世界にばら撒いてきた結果のように思えます。。



《梁 石日:ヤン ソギル》 ◇「夜を賭けて」「断層海流」「族譜の果て」◇

渉外戸籍の整理、帰化申請。行政書士としてそういった業務を手がける際に、在日朝鮮・韓国人問題を考慮のうちにいれないわけにはいきません。それは、中学・高校の社会科で教えられて来た問題、テーマと同等には考えられないほど、今の私の意識は変化しています。法務的な問題は、行政的な手続きにより機能的・事務的に処理されますが、それにより、「ハイ、今日から日本人」と言われた側のメンタルな部分は、どういう過程で納得されるのか。 戦後、日本に永住し、帰化することによって国籍を得た外国人と違い、在日朝鮮・韓国人の3世、4世たちは「歴史に翻弄された結果」が現在の状況に反映される事を知るにつれ、日本政府の「不義理」を強烈に感じるのです。

梁氏作品の知名度の高さは、何度も映画化されていますし、今さら私が紹介するほどの事もないですが、そこをまぁ、あえて書かせてもらいますと、、「会話部分のやりとりが絶妙!」と、毎回感じさせられます。 私と同じく関西出身の作者ですが、いかに緊迫した状況でも、その屈託のない関西弁が妙に親近感が湧いて、そのシーンを思い浮かべるだけで、吹き出してしまいそうになります。また、登場人物それぞれの個性の強さも去ることながら、その設定された状況と世界観がまさに「凄まじく」、薄い地表を剥いたマントルのどろどろを見るようで、読むにつけ引きずり込まれていきます。







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